11月24日付読売新聞に、「政府は、皇族減少に伴う公務の負担軽減策として、結婚後の皇族女子を国家公務員と位置づけ、皇室活動を継続してもらう制度を創設する」ことを検討し、その際には「『皇女』という新たな呼称を贈る案が有力視されている」という記事が掲載された。
これは、野田佳彦内閣が平成24年10月に公表した「皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理」において示された「女性皇族に皇籍離脱後も皇室の御活動を支援していただくことを可能とする案」を踏まえたものだ。
現在、今上陛下および上皇陛下を除く皇族は男性3人、女性13人であり、また高齢や未成年の方も居られるので、皇室としての「ご公務」が今上陛下や、皇嗣である秋篠宮さまなどに集中してしまっている。その上、皇族女子の婚姻に伴う皇籍離脱などで皇室を構成する方々が少なくなると、そうした傾向に拍車がかかり、「ご公務」の遂行自体が困難となりかねない。
こうした課題に対応すべく、今回の「皇女」創設の動きは「皇籍を離脱した元皇族女子も『ご公務』に携わることを可能としよう」というものだ。
その際、皇籍離脱後も「内親王」の称号を保持することは「皇族という特別な身分をあいまいにする懸念があり、法の下の平等を定めた憲法第14条との関係においても疑義を生じかねない」と、先の論点整理でも指摘されていたことから、それに代わって「皇女」という呼称が検討されるに至ったのであろう。
けれどもこの案は、「『皇女』という呼称」、「『ご公務』の意義」、そして「配偶者の適性」という3つの点で大きな瑕疵(かし)がある。
1つ目の「皇女」という呼称を巡る点においては、そもそも「皇女」とは文字通り「天皇の御息女」という意味であり、歴史的にもそのように用いられてきた。
その意味における「皇女」は、皇族としては今上陛下の長女である愛子さまのみであり、婚姻に伴って皇籍離脱された方を含めても、昭和天皇の御息女であられる池田厚子さんや島津貴子さん、上皇陛下の御息女であられる黒田清子さんしかおられない。
なお、秋篠宮さまの長女、眞子さまや次女の佳子さまは、上皇陛下の「皇孫女」であるが、皇嗣の秋篠宮さまが皇位を継承されるまでは「皇女」ではない。また、三笠宮家の彬子さまや瑤子さま、さらには高円宮家の承子さま、(ご結婚されて既に皇籍離脱された)千家典子さん、守谷絢子さんは大正天皇の「皇曾孫女」であるが、今上陛下にとっては「又従妹(またいとこ)」であって「皇女」でない。
にもかかわらず、ご結婚に伴って皇籍離脱された全ての元皇族女子に「皇女」という新たな呼称を奉ることは語義に反するもので、歴史的用例との齟齬(そご)をもたらすものだ。
2つ目の「『ご公務』の意義を巡る点」については、日本国憲法において、天皇は国政に関する権能を有さないとされ、「国事行為」に限って内閣の助言と承認とを経た上で行うと規定されている。具体例としては、国会の召集や衆議院の解散、憲法改正や法律、政令及び条約を公布することなどがある。
従って、そうした「国事行為」を除く天皇の「ご公務」、つまりさまざまな場に行幸され、「お言葉」を述べられたりする行為は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇の意思に基づくものである。
では皇族の「ご公務」はいかなる性質のものか。皇室典範第5条によれば、皇族とは「皇后・太皇太后・皇太后・親王・親王妃・内親王・王・王妃及び女王」の総称である。
平成29年に制定された皇室典範特例法において、上皇后は皇太后に準ずる存在とされているが、その「ご公務」に関する明文規定は存在しない。だが、皇族男子には皇位継承資格が認められ、親王妃・王妃を除く皇族には摂政就任資格が認められている。
つまり皇族とは、以下の2点に位置づけられる。
①天皇の地位を受け継いだり、権限を代行したりする可能性が認められた公的な存在
②天皇の御一族として、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇と国民との橋渡し役たることを期待される存在
それゆえに皇族の方々は、政府機関の主催する諸行事に出席されたり、公益法人の名誉総裁・名誉副総裁に推戴されたりするのだ。
そうした事実を踏まえて、今回の「皇女」案について考えてみるならば、婚姻により皇籍を離脱された「皇女」は、②であることに変わりはないが①でない。だからこそ、国家公務員として「ご公務」を担っていただこうという発想が生まれるのだが、天皇に直結した①という身位と、国家公務員という職責とは同列に論じられない。
一方、「天皇の御一族である」という属性ことに由来する②の側面を有しつつも、公的存在たる天皇との関わりという①の側面を有さないという点に着目するなら、「皇女」に期待される「ご公務」は、黒田清子さんによる伊勢神宮祭主としての御祭祀や、旧皇族の末裔(まつえい)である竹田恒和氏による日本オリンピック委員会(JOC)会長としての活動に近い。
つまり、天皇や皇族によってなされる「ご公務」と、国民である「皇女」によってなされる「ご公務」とは、名称こそ同じでも内実は異なっており、両者を同一視することは非論理的と言わねばならない。
そして3つ目の論点として「配偶者の適性を巡る点」については、もし「皇女」が国家公務員として「ご公務」に携わることになった場合、それは天皇のご一族という属性に由来する。
そのため「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇と国民との橋渡し役たるべく、「皇女」におかれても深い自覚が期待されよう。さらに言えば、その配偶者となる国民男子や、両者の間に生まれる子に対しても、天皇の姻戚ということで高い倫理観が求められる。
そればかりでなく、「皇女」としての「ご公務」を妨げるような職業を避けることが望ましいなど、通常の国民とは異なる生活が要求される。
従って「皇女」の配偶者たる人物が、そうした生活を送る適性の持ち主か、婚姻前に判断する必要がある。皇族男子の婚姻に際しては皇室会議の議を経ることが皇室典範の第10条で定められているが、皇族女子の婚姻に際しては皇籍を離脱して純然たる国民となるとされていたため、そのような規定は設けられていなかった。
しかし、眞子さまの婚約相手についての議論が今なお紛糾していることからして、その制度的欠陥は明らかである。そうした欠陥を無視したまま「皇女」という、国民でありながら「皇族」的な性格を有する存在を法制化することは、さらなる問題を引き起こす可能性があろう。
以上3つの理由により、「皇女」制度を巡る政府案には賛同し難い。
では、どうすべきであろうか。本来であれば、皇族女子が国民男子と婚姻後も「皇族」の地位にとどまる、すなわち「女性宮家」を創設するのが最善だ。この場合、「皇女」という呼称や「ご公務」の意義を巡る問題は解決する。また、配偶者の適性を巡る問題も、皇族男子の婚姻に倣って皇室会議の議を経ることと改められることで解決できる。
だが、その一方で、極めて重大な問題が生ずる。それは配偶者および子を「皇族」とするか否かという問題だ。歴史上、女性皇族の配偶者たる国民男子、ひいては両者の間に生まれた子が「皇族」となった事例は存在しない。もし子が「皇族」とされた場合、その方が皇位につかれる、いわゆる「女系」が皇統として確認されることになる。
この選択をするならば、皇位継承を支える原理の再検討が必要であり、議論の枠組みは根底から変わる。この点に関する筆者の見解は、「皇位継承問題に対する弊学会の立場」をご覧いただければと思う。
次善の策としては、「ご公務」の在り方それ自体にメスを入れることだ。上皇陛下が譲位の御意向を示された際にも、「ご公務」が過多であるとの意見も見られた。昨今、政府機関や民間では盛んに「働き方改革」が唱えられている。皇室におかれても、その「ご公務」は本当に必要なものか再検討すべき時期が来ているのではないか。とりわけ、芸能人やスポーツ選手ばかりが目立つ春秋の園遊会の在り方など、根本的に改められるべきではないか。
そうした「ご公務」の再検討を踏まえた上で、なおかつ皇室活動が繁忙を極めるというのであれば、前述した「属性を有する」元皇族女子の方々や旧皇族末裔の方々に、国家公務員としてではなく天皇陛下に直属して奉仕する非常勤の内廷職員として協力くださるよう、お願い申し上げるしかないだろう。
〔初出・産経デジタルiRONNA〕