小林は、当時の文壇における様々な潮流(=意匠)を冷静に見据えている。
私は、何物かを求めようとしてこれらの意匠を軽蔑しようとしたのでは決してない。たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない為に、寧ろあらゆる意匠を信用しようと努めたに過ぎない。
一世を風靡していたマルクス主義文学理論(先述の懸賞論文で1位を獲得したのは「『敗北』の文学」を書いた宮本顕治)に対して、小林は批判的である。文学者の内面から沸き上がる目的意識を圧殺し、文学をプロレタリア革命という政治的目標のために奉仕させようとする発想に胡散臭さを感じていた。
目的がなければ生活の展開を規定するものがない。然し、目的を目指して進んでも目的は生活の把握であるから、目的は生活に帰って来る。芸術家にとつて目的意識とは、彼の創造の理論に外ならない。創造の理論とは彼の宿命の理論以外の何物でもない。そして、芸術家等が各自各様の宿命の理論に忠実である事を如何ともし難いのである。
もっともな意見ではあるけれども、少しばかり気になる部分がある。ここで云う「芸術」の中に「政治」は含まれないのだろうか。
端的に言えば、「政治」とは「敵」と「味方」に分かれて闘争を繰り返す行為である(妥協は闘争の一時休止状態に過ぎぬ)。だが、そうした闘争じたいに意味があるわけではない。互いに譲れぬ「世界観」があり、それを社会全体に波及させたいと思うからこそ闘争するのだ。言い換えれば、「政治」とは闘争を通じて「世界」を創造する行為であり、「芸術」の一形態と見なすことも可能であろう。
「政治」が「芸術」の一形態に過ぎぬのなら、両者の相克など存在するはずがない。「文学か政治か」ではなく、「文学も政治も」である。問題となるのは、創造行為の根底にあるもの、小林の言葉を借りるならば「宿命の理論」だ。
昭和初期のマルクス主義者は、自らの「宿命」に対する認識を欠いた上滑りな議論(そもそも、そう簡単にプロレタリア革命など成就するわけがない!)を展開していたようにみえる。いわゆる「転向」の問題も、それとの絡みで考えなければなるまい。
もちろん、それは現代日本で政治運動を展開する者たち全てに突き付けられた課題でもある。